日本のチョコレートに関する記述は、18世紀の長崎の遊女がオランダ人から貰ったものを記したリスト『長崎寄合町議事書上控帳』に「しよくらあと」として登場するのが最初で、同年に記された『長崎見聞禄』にも「しょくらとを」に関する記述がある。また、1873年の岩倉使節団がフランス訪問中にチョコレート工場を見学したという記録がある。
明治維新から第二次世界大戦まで
日本初の国産チョコレートは、米津凮月堂が1878年に製造したものである。ただしこれは、輸入したチョコレートを加工したものであった。米津凮月堂は、新聞に掲載された日本初のチョコレートの広告には貯古齢糖という漢字を当てていた。カカオ豆からの一貫生産は、1918年、森永製菓によって開始された。
第二次世界大戦の影響により、日本では1940年までにカカオの輸入は止まり、風味がカカオにやや類似し果糖の原料でもあった菊芋と百合根(ユリの鱗茎)の脂肪分、砂糖の代わりにグルコース(ブドウ糖)を原料にした代用チョコレート(通称:グルチョコレート)が考案された。
第二次世界大戦後
1945年に日本軍が第二次世界大戦で敗れると、アメリカの進駐軍を通じて大量のチョコレートが日本にもたらされた。当時の子供たち(焼け跡世代)が呪文のように米兵に投げかけた「ギブ・ミー・チョコレート」という語は、米軍占領時代の世相を表す語となっている。
戦後の日本では、安価なものから高価なものまでさまざまなチョコレート菓子が販売されるようになった。特に1960年にカカオ豆の輸入が自由化され、続いて1971年にはチョコレート製品の輸入が自由化されたことで、様々な種類のチョコレートが流通するようになった。
1980年代から1990年代にかけてはトリュフなどの小粒な形状をした高級チョコレートが一般的に出回るようになった。2000年代に入るとさらに高級かつ洗練されたチョコレート菓子が流行した。
2004年頃には東京都内にヨーロッパ各国の高級チョコレート店が多数出店し、中には1粒400円から1,000円という超高級チョコレートを取り扱う店も現れた
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
日本のチョコレートの歴史って意外と古いんですね。
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